自然免疫

先日、久しぶりにコロナウイルスに2回目の感染をしました。いつどこでもらった来たのかが分かりませんが、コロナ感染者に接触したこともあったのであれかなとか色々と思い出します。しかし、どんなに気を付けていても感染症というものはいつどこでもらってくるのかわかりません。自分の自然免疫を丈夫にして、もらってもそんなに気にならないほどの逞しさは持ちたいと思います。

そう考えてみると、幼い頃から様々な感染症を経験してきました。病気のリストのほとんどは感染症でその人の人生の病歴は感染症の歴史ともいえます。特にコロナウイルス以降は、様々な感染症がまた流行り出しているといわれます。

これはパンデミック中の隔離生活や過剰な手指衛生、マスク生活、あるいはワクチンの副作用によって感染症への耐性が低くなったというものもあります。私たちは免疫を獲得できないことを免疫負債といい、その状態が続けば免疫が失われて弱くなっていくそうです。

これは例えてみれば、都会の生活に浸っていた人が突然田舎に来て不便な生活に入ったもののような具合でしょう。私も以前は2拠点生活をしていましたが、東京から故郷に帰ってきて畑に出た日は、ありとあらゆる虫に刺されます。疲れも酷く、すぐに熱中症のような症状がでます。汗も湯水のように流れ、怪我も多くします。それが数日、畑に出ていると虫にはまったく刺されなくなり、皮膚は活き活きして水分をよくはじき、体温調節も自然に行い暑さにも寒さにも慣れてしまいます。野生化するというのでしょうか、自然免疫がフル稼働状態になり元氣が出てきます。周りからも、肌艶がいいとか、眼が活き活きしているとか褒められます。

つまり私たちの免疫が周囲の環境に合わせて強く逞しく働いているということでしょう。そもそも自然界で生きていると、空気中の中には膨大な量のウイルスがあります。私たちは毎日、あらゆるウイルスを吸い込んではそれを免疫が対応しています。過剰にウイルスを怖がって、マスクに無菌室のような殺菌だらけの部屋で生活していたら自然免疫は働く必要がありません。免疫が元氣なくなれば、自分も元氣がなくなっていくということでしょう。

今こんなことをいうと怒られるかもしれませんが、水も少し菌が入っていた方が健全ですし、野菜などもそんなに潔癖に消毒しない方が美味しく食べれます。この世からリスクを全て取り除いたら元氣そのものがなくなったでは本末転倒でしょう。

大事なことは、普段から自然免疫が働くような生き方や環境を調えていくことではないかと思います。古民家などは最適ですし、井戸水や農的暮らしも最高です。土に触れていれば大量の菌やウイルスと毎日遭遇します。自然免疫がなければ、とてもではないけれど対応できません。だからこそ、土に触れるのがいいのでしょう。土も、殺菌している市販の売り物ではなく自然界の森や畑の土のことです。

何が当たり前で何が不自然か、ウイルスなどの世界でも見てもそもそもの本質は変わりません。何が自然で何が免疫なのか、今回のコロナの体験から学んだことを子孫へと伝承していきたいと思います。

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