お山の暮らし

宿坊周辺の枯れ木や小枝などを片付けて燃やしました。空き家になってから数十年、お手入れされなかった山林は荒れ果てています。これらの枯れ木や小枝があまりにも増えると、排水が悪くなりところどころの石垣などが破壊されていきます。石垣がなくなりと、土留めがなくなりますから地形が変わります。

人が住むというのは、住む場所を調えるということです。しかし実際には、単に片付けだけをするのではなくそれを暮らしに取り入れるということです。

本来、むかしは電気などありませんでしたから薪や小枝は貴重な資源です。毎日のように火を焚き、木々を使いましたからむしろ片付けではなく日々の生活の大切な材料として重宝されてきました。

時代が変われば、貴重だったものがゴミになります。大量生産大量消費のお金を中心にした経済では物が溢れています。木材などもほとんどが外国から輸入した材料になったため、日本の山林の木は朽ちるだけ朽ちて放置されています。

もしも天変地異や災害、様々な人災で危機がくればまたむかしの生活や暮らしが参考になるものです。むかしの智慧は本来は、便利とはかけ離れたものです。しかし不便ではありますが、自然の仕組みを上手に取り入れ、暮らしを成り立たせ永続して生きていくことができる知恵に溢れています。

現代、山の活用となるとすぐにソーラーや風力などの発電所など電力系の話や産業廃棄物の焼却場、あるいはダム建設や観光地化などの話になります。

しかし本来の山の価値はそんなことでしか利用しようとしないのかと思うととても残念な気持ちになります。山は実際に暮らしてみると、自然が循環し人々の暮らしを豊かにするものに溢れています。

私は山をお山と呼んでいますが、お山は歩くだけで人々の心を癒し、お手入れするだけで周囲の生き物を活かし循環を促進します。風景や景色はそのままがよく、信仰をはじめ平和や健康を守るために大切な場となります。

お山に対する人々の意識は、便利さを優先し人間が持っている本来の自然を遠ざけています。これは大変危険なことだとお山に住めば住むほどに気づきます。

この場所に、もしもあと100人私と同じにように暮らしをしてくださる人がいるのならこのお山はさらに素晴らしい場所として徳を発揮して人々を自然と平和に導いてくれる場所になるように私は思います。

丁寧な暮らしを通して、子孫たちへ先人の智慧を伝承していきたいと思います。

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