人間性とは何か

霊性を磨くという言葉があります。これは別の言い方では、心を高めるともいいます。自分自身の人間性をどれだけ修養するか、これは生き方や生きざまの話です。

この世に存在するものは、それぞれに時間の経過と共に変化していきます。その時々で必要なことが発生し、それを感じそれぞれに成長していきます。その成長は、その人その人によっても異なります。

例えば、幼少期から不運や不幸に見舞われて苦労して成長していく人。人生の後半になって様々な困難に遭遇して努力していく人。あるいはまったく幸福だけに恵まれて裕福に暮らしてきた人など色々あります。

仏陀なども、もとは裕福で何不自由なく暮らしていましたがある時にこの世の無常を感じて出家して修行を行いました。通常であれば、何でわざわざ裕福な暮らしを手放してまで苦労をしようとするのかと思うのでしょうがそれは何か魂がうずくような心の声があったからでしょう。

この心の声というものや、霊感、直観というものは何処から来るものか。それは深い内なるものから湧いてでてくるものです。それを内観や瞑想を通して内省して、自分をさらに磨きたい、高めたいと精進しようとするのです。

徳を積むというものもまた、霊性を磨き心を高めるためのものです。

そもそもなぜわざわざ徳を積もうとするのか。それは人間としてより成長したい、本来の心の働きをさらに充実させていきたいという本能から到来してくるものです。感謝で誰かの役に立ちたいと願ったりすることもまた霊性を磨き心を高める切っ掛けになります。

自然発生的に自然の循環に善いものをしていきたい、自分も循環の一部として全体最適な善い存在でいたいというのは何か地球や宇宙の意志をも感じるものです。

自然体に近づいていくというのは、本来の人間性に回帰するということかもしれません。

丁寧な暮らしの中にもまた、その人間性を磨くヒントはたくさんあります。地位や名誉や権力や金銭的な富よりも、もっと原始的で根源的なものに近づいていこうとする人こそ、心の働きや霊的な感性を学んでいる人のような気もします。

子孫のためにも一期一会に学び続けていきたいと思います。

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