いのちの廻り

永い時間をかけて廻ってきたものにはいのちがある。

絶やさないように、続きますようにと祈りながら私たちは自然の働きに合わせて働いてきた。
それがいつからか人間の働きにあわせて自然を働かさせようと考えるようになった。

そしていのちの廻りというものが凄まじい勢いで減退していく。
そんな時代に生きている。

いつも思うことは、古き善き友とともに歩む道。

その道がどこまで続こうとも、どんな困難があろうとも友がいるから仲間がいるから私たちは一緒に成長し、また還ってきた。

それが私たちが太古に交わした約束であった。

古き善き友人を迎えに行こう。
そしてその友とまた一緒に歩んでいく道を選びたい。

いのちの廻りを思うとき、まだまだ智慧は失われず、まだまだ精気は漲っている。
子ども達の未来のためにも、根源と心の故郷へ 回帰しよう。

廻りゆくいのちに、新たな境地を学びます。

  1. コメント

    古き善き友を自然と読み解けば、約束も迎えに行くこともこちらが謝って仲直りしようという姿に見えます。過ちを認めやり直すことは、過った時間分だけ学ぶ価値があるのだと感じます。
    八百万の日本では多くのものにいのちが宿り、身の回りからいのちについて考える機会はあると思います。見えないものにいのちを感じられる力を生命力というような気がします。廻りゆくいのちから少しでも多くの学びを感じ取っていきたいと思います。

  2. コメント

    地球という大きな存在から考えると私たちの存在や生きている時間というのは本当に小さなものだと感じます。その中で生かされている事を感じ、命を繋いできたのも事実だと思います。しかし今は尊い繋がりすら感じなくなり、本当の心をどこかに置いてきたかのように人が生活をし生きているのだと思います。子どもたちにはこのような不自然な環境ではなく自然から学び自然に感謝しその中で生かされているという事を実感できる環境を必ず残していきたいと思います。それが今私たちに与えられた使命ではないかと思います。

  3. コメント

    循環の輪から人類が離れているという事は多くの人間が知っている事だと思いますが、あまりにもそのかけ離れた現実に、人々は少しずつ向き合うことが辛くなり、次第には「自分たちが生きている間は大丈夫なんだから」と言い訳をし始めてしまう風潮が出来てしまうんではないかと心配になります。今、この時点で、私たちが歩みを180度変えて行くことが大事なのだと感じます。まずは、自分自身、そして家庭を修める中で、生き方として実践していきたいと思います。

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