先日、師匠のコーヒジョンの話の中で昴(スバル)の話を聴いた。
昴とは、おうし座にある散開した星たちで約6千万〜1億歳と若い年齢の青白い高温の星の集団のことだ。
いつもあの広大無辺の宇宙に煌めく星星の中でも地球にいる私たちに昴は強い存在感を照らし与えているように感じる。
星の核がそれぞれに光輝き、その周辺にオーラのようなガスが生まれその光を反射し共鳴し、遠くから見るとまるで一つの巨大な星のように観ることができる。
その光に、心躍る勇気や希望を感じてしまうのは私だけだろうか。
昴という星は、それ自体が生きている躍動と命の煌めきを感じさせてくれる。
私は人間世界の中にも、ご縁を通じて昴があるように実感することができる。
人はそれぞれの自らの命を輝かせているとき、そこに一つの星団ができる。
その星団は、どんなに暗い雑踏の中にある人々にあっても揺るぎない存在感を示し、どんなに遠く離れても強く光り輝き多くの人の心に遺る美しい光になって永遠を照らしていく。
そして歴史にも昴を観ることができる。
人は、それぞれの命をある目的のために使いはじめると光りだす。そしてその命を正しく使っていると自立していくことができる。その命が自立すれば、天の計らいや恩恵を受け、光そのものとなり悠久の流れや大いなる循環に入るのだと私は思う。
私はミッションを通じて子どもたちに、この昴を観ることができる。
幼児期の子どもたちは生まれたての星星そのもの。
この子たちには一人ひとりの掛け替えのない個性や光、そして唯一無二の自らの命が最大限輝くことで今の世界に囚われない光る星星になってほしいといつも念じている。
どんなに色々な影響があっても、それに囚われることなく自分らしい自立をできる人間になってほしい、光ってほしいと願う。
まずは私たちカグヤが、やみ夜を照らす輝ぐ矢になり、子どもたち一人ひとりの光を支える昴のようになれるようなモデルを示して生きたいと思う。
コメント
それぞれがぞれぞれの個性を出し合い関わりあう事が出来ればどれだけいい社会が築けるのかと思います。
まだまだ自立できていない私ですが、自立できていないと言う事に気づくことが出来た事に先ずは感謝だと思います。
子ども達の輝きを私たちは決して潰してはならないのだと改めて感じました。
子どもたちに光る権利はあっても、大人にはそれを潰す権利は絶対にないのだと思います。
むしろ子どもたちが思う存分に輝き続ける事が出来る環境を作っていくのが私たち大人の使命だと思います。
子どもたちがあるがままに生きていけるように、
私たちは生きるという事についてもしっかりと考えなければと思いま。
何の為に人は生きるのか?、人として正しく生きると言う事はう一体何か?
自分自身もっともっと考える必要が今あるのだと感じました。
先ずは自分が生きる目的をしっかりと持たなければと思います。未来の子ども達のために少しでも何かを感じてくれるように先ずは自分たちが実践を大事にしていかなければと改めて思います。
コメント
本当に自分のやりたいことにより最も自分を輝かせて個性を光らせる事
その個性が互いに光り合い、関わり合う事でハーモニーを築けるのだと思います。
自分の個性を光らせるということがまだまだ出来ていませんが、それを
やっていいいんだよという環境が与えられていることに感謝です。
子どもは純粋であり、個性を輝かせている存在であり、その光を私たち
大人がつぶして仕舞わない様に、大人が見守って子どもの成長を伸ばしていける
様な社会にしていきたいですね。そのためにもまずは自分が自立して
個性の光を照らす事。実践を大事に成長出来る様にしていきたいと思います。
コメント
人はいつから誰かと比べられ、競わされ、成果を評価されるようになってしまったのか。
一人ひとりの存在自信が奇跡的で偉大な存在なのに、生まれてきたことに感謝できず、自分の
存在自体を自分で受け入れることができず、時には自らで生きることを放棄してしまう。
自ら生まれることも死ぬことも選べないのであれば、人生はどれだけ前向きに明るく楽しく、
味わい、どれだけのことに感謝できるかだと思いし、そうやって生きている人を他人が見て、
輝いているように感じるのではないでしょうか。
この輝きはその人自身の生命が活かされている輝きだと思います。
平常心という言葉もありますが、一日一日を一喜一憂するぐらい、心から生きていきたいと思います。