先日、NHKスペシャルの「ヒューマン なぜ人間になれたのか?」を見ることができた。
かねてより色々な方から善い内容だったとお聞きしていたので楽しみにしていました。
話の流れは、人類の歩んできた軌跡を通じてどのように今に至るのかという一つの歴史の旅がテーマになっているようでした。様々な研究者や、作者の思想も織り込みながら私たちが信頼することや共生するということの気づきからその大切さを説いていました。
もともと人間は、覚えていないだけで数々の危機を乗り越えて今を生きているともいえます。
過去に学んだことから、私たちはどのようにしていくことが生き残る道であるのかを自覚したものなのでしょう。自然現象の中で、絶妙なバランスを維持しながら紡いできたいのちであるようにも思います。
気候が厳しい時には、厳しい中で一番大切なものが何かを考えてきました。
そして気候が緩やかな時は、緩やかな中で一番大切なものを考えているのです。
人間が人間であるのは、どんな状況下でも大切なものは何かを忘れないことだろうと私は思います。何万年も前のことをいまだに忘れないでいようとする心、これから数千年の未来のためにも今を生きていこうとする心、そういった心こそが偉大なのではないかと私は思うのです。
地球というものや自然というものを理解しようとしたということは、私には尊く感じます。
今、会社でも自然から学ぶ取り組みを増やしていますが今まで知らなかった大切な叡智に出会い、さらに自分がどうしていくことがもっとも自然体であるのかなどを自明するに至ります。
そう考えれば、私たちの素晴らしさは自然との共生にあるのではないかと思えるのです。
その自然との共生とは、別に自然を大切に自然を残すだけのことを言うのではありません。自然との共生とは、何が自然かに気づきその自然と渾然一体になっていくことを言うのです。
別に経済や今の文明社会、都市化したものを否定するのではなくすべてのものにはいのちがあると心の淵源にて気づき日々に自らが変わっていくことだと私は思うのです。
私の求めるかんながらの道でもそうですが、この世のあらゆる全てのものにいのちがあると気づき覚れれば自ずから自然との共生ということの本質を悟る事と思うからです。様々なものたちの中で、私たちは繋がり合って存在していることの尊さ、偉大さはあまりに自然な姿すぎて透明なセンスがなければ気づけないからなのでしょう。
もっと身近にある見えていない大切なものに気づく魂の感性を磨いていきたいと思います。
子どもの頃に感じたあの世界を思い出して自然との共生を楽しんでいきたいと思います。
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自然の取り組みを体験していく中で、「自然」や「共生」という言葉の意味の深まりを感じています。普段耳にすることの多い言葉である分、理解しているように感じますがそこに在る本意は、一言では言い表せないものだと感じています。子どもたちを見守るというのも、実践をしていくことで気付いていくことなのだと思います。気付いたことを伝えられるよう、感性のままに実践を積んで行きたいと思います。
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自然と渾然一体になっている時を思い出すと、自然に生かされていると感じながらも自分がやりたいことができている時、しかもそれは自然を尊重し、うまく行くも行かないも気にせずにいられる時だと感じます。梅干作りから、いま学んでいますが、信の心がやはり大前提であることを感じています。
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解らないから楽しいことが沢山あるのだと最近は特に思います。特に自然は解ろうとすればするほど解らなくなるような感じです。でもその環境に素直に飛び込めば、沢山の気づきというか心で感じれるものというのか解りませんが得る事が出来るのだと思います。学校教育みたいな答え探しや答え合わせではなく、もっと自然を感じ自然から学べる自分でありたいと思います。