昨日、社内を古民家のように改造し楽しい職場についての研修を行いました。
講師には、新宿せいが保育園のベテランのお二人に来ていただきお鍋を食べお酒を飲み日頃の楽しい事例について語り合いました。気の合う仲間との会食はとても嬉しくそして美味しく、時間が過ぎるのもあっという間でした。
その中で、色々と教えていただいたこともあり学び直しを楽しむことができました。
一つには、学ぶ姿勢。
いついかなるときも、自分が学ぶからこそ教えない、日々に子ども達から学び自分を変えつづけているからこそ色々な意見を聴いてもその人の答えが正しいということになるのだろうと思います。分かった気にならない実践、つまりは自分自身が常に様々なものから真摯に学ぼうとする姿勢が何よりもこのベテランの姿勢であることを自覚していらっしゃるのです。
そして二つ目には、バランス感覚。
方針があり目標があり皆と歩む中で間にいるベテランがバランスを取ることができるからこそ周囲も安心してそこで委ねて一丸となっていくことができるのです。私の解釈ではアメーバのようにふわふわとカタチを換えながらもその粘着を緩やかにしているのがこの中間の役割です。自分の価値観に固執し、偏りバランスを崩せば組織も同じようにバラバラになってしまいます。しかしこの間にいる中堅やベテランの人達の絶妙なバランスが全体の調和に非常に役にたっているのだと思うのです。いつもバランスを意識するには余裕もゆとりも、そして自分の主軸をきちんと持てるということ、それはつまりトップの思想やビジョンに精通していらっしゃるのです。
そして最後は、分を弁える。
自分の役割というものを正しく理解すれば、分度という自分の分を弁えることができるということです。欲目から自分を過大にも過小にも評価せず、あるがままにありのままに正直にいれば自分がどのような役割を担っているのかを知ることができます。そしてそれは自分を活かしてくれている上司や周囲に対して自分にしかできないことを正しく理解することができるのです。つまり出しゃばらないということ、言い換えれば見守るなのです。自分の分度を正しく理解するから余計なところは手をださず、その人の役割にお任せすることができるのです。これは人や相手を心から尊重していらっしゃることをいうのです。
そしてこの分を弁えるという言葉は、身の丈を知る、過大評価しない、これは「自信」そのものです。本当の自分の「実力」が分かっているというのは、本当に自分や困難に向き合って乗り越えたものだけが使っている「謙虚」そのものの言葉のように思います。
そしてそれは確実に夢や道を自らの脚で正しく歩むときに出てくる言葉です。
私も昨夜はお酒が入っていたので、盛り上がりましたが今朝がたには感動して身震いし心が熱くなりました。こういう人たちがいる職場には自然に求心力が働いていくようにも思います。子ども達の周囲にこのような大人がいるということそのものが尊いと感じる一夜でした。
また道を歩む中で、時折、学問を語り合い、学び合うことができればと思います。これもいつもながら見守られている御蔭とし、さらにより一層の向上と精進を積み未来の子ども達のためにも実践で還元していこうと思います。
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理念を軸に実践されている方々のことをベテランと指し、単に経験年数が長く務めていることではないということを感じます。実践を積んでいく中での試行錯誤、「見守る保育」では何を誰をどうやって見守っていくのか、思考と実践そのものを楽しめるところにベテランとしての意義があるのだと感じます。3つの視点から感じる要点を深め、実践を積んでいきたいと思います。
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先日は貴重な時間を過ごすことが出来ました。一つ一つの言葉が実践から発信される言葉で心に響いてきました。藤森先生の三省を日々実践されている姿も同時に感じました。理念を信じてただ素直に行うという事がいかに大事であり子どもたちの為になるのかを感じました。
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お二人の姿、発言、笑顔、共感。どの場面でも感動したのは、
作られたものではなく、無理のあるものでもなく、本当に自然な存在としていることでした。言葉で表現することが出来ないと感じます。実践者の方のその風貌と言葉の意味の深さにヒートアップしすぎてしまいましたが、我に返れば先輩方のこの後ろ姿に安心と好奇心を強く頂きました。私も楽しんで歩んでいきたいと思います。