カグヤの理念のひとつに「分かった気になるな」がある。
これは今まで身に付けた慣れ親しんだ楽なやり方という刷り込みの中で表面上でなぞるように理解するのではなく、そういうものを捨てて自分を新しいものに変えていくために不慣れでも挑戦し本質的なものに自分をあわせて深く気づき理解していこうとする行為をいう。
人間、いや生物は、一度便利で楽なやり方を覚えて習慣になってしまうとそれを変えることを嫌がる傾向がある。
日々、古来より地道に正しく精進することは大変なことだけれど大切なことを忘れず正しく続けているからこそ頭が刷り込まれずに本質であることができるものだ。
先日、ある園で職人芸の話をした。
ある体育教室で、職人芸まで達したある体育教師は子どもを一瞬で活き活きさせて何でもできるようにしていく。しかし、よく観察していたらその後その教師がいなくなると途端に子どもたちは何もできなくなってしまいどうしていいかわからず空虚感や無力感に苛まれて動けなくなってしまうこともある。
保育も同じく先生がいないと何もできない子ども達がいる。
これは、日ごろ何かと指示をされていてまたそれが考えずに習慣化されているから自分からどうしていいかが自分ではわからないからであることが多い。
職人芸で指導をすると、子どもたちは自分で考えることができなくなる。
子どもたちが主人公になるようにするには、それをできるようにしていくことは決して職人技で教えてやることではなく、本来は本人に「決心」したことを責任を持ってできるように見守っていくことだと思う。
職人が昔から頑固だと言われるのは、今までのやり方に固執しそれを捨てられないことをいう。本当のプロの職人はいつも柔軟性があり自分が変わっていくことでより善いものにするためにいつも挑戦しているものだと思う。
変化するというのは、慣れ親しんだ楽で便利な今までの癖を払拭していくことであり、新たに挑戦し自分自身が新たな習慣を身につけることを言う。
自分を変えることを嫌がり、いつも周囲にばかりに変化を要求し自分はなにもしないで自分で努力できる範疇で何かをやっている気になっていてもそれは何もやったということにはならないでただ同じことをやっているだけになる。
本当は、短絡的に頭で安易に分かった気にならずに新しいことに挑戦し実践することで何かここにも新たな深い意味があるはずだと、心の底で気づき自分を大切なもののためにあわせていくことが自分を成長させていくということだ。
成長が止まっている人とは、自分の都合でしか何もしない人を言い、成長し続ける人とは周囲の環境の変化に対して自分から本質的に自分を新たにしていくことに挑戦を続けている人をいう。
時代も変わり、環境も変わり、世界も変わっていくのだから、常に相手や外側にあわせることばかりになるのではなく、自分から分かった気にならないようにマンネリに甘んじず、便利さや楽なことを求めず、真摯に自らに気付き自らを変えていくように新しい習慣に取り組んでいくことだと思う。
脳が嫌がり今までの癖が取れないとし、また昔のように元に戻るのでは努力が自分都合の自己満足になってしまう。だからこそ本当の大切なもののために新しい方へ自分をあわせて自分の心からの実践で日々自分を刷新していくことが全体の中での調和と共生になるのだと思う。
変化に対してもっとも大切なことは自分が決めること。
決める、決めたはすべて心でするものです。
頭で決めたりすることもできないし、誰かから言われたからやるのは自分が決めているわけでもありません、決心することは自分が変わると決めること、心から自分で思い挑戦すると覚悟を決めることだと思う。
今まで誰かの指示で受身に生きてきた人には苦しいことかもしれませんが、自分の人生を自分で生きずに誰かにもたれかかればそれだけ迷惑をかけてしまうことになります。
やはり大人のモデルとして自立することこそ、周囲に感謝でき、周囲を活かし自分が貢献していけるのだとも思います。
自分で決めずに誰かや環境に迫られるからやらされるだけとなればその先にあるのはうまくやろうとすることばかりに躍起になる職人芸が身に着くだけです。まだ若く前途ある若さ漲る命が底にあるのだから、何よりも心で決めて心からやって変わってほしいと思います。きっと大丈夫です。
本当は変化することとは苦しいものではなく、好奇心を発動して新しい世界が開けると思えばワクワクドキドキ、楽しいことがたくさん待っているのです。憧れや夢と希望を持ち、どんどん自分を変えてやるんだと変わっていく自分のことを新しい習慣の実感により日々成長する自分を楽しんでいくことです。
便利さや慣れ親しんだ方にいつも負けるのは意志の弱さと甘えの体質の所以であり、それはすぐに心が刷り込みに気づけば向上心と好奇心により取りされるのです。
勇猛心を奮い立たせて一番大切なもののために今までの自分を捨てる新たな習慣を身につけて世界を立てて自分を主人公として変化を楽しんでいけると良いですね。
今は変化の時、チェンジはチャンスなのです。
うまくやろうとしてヘンテコなものになるより、正々堂々と誠実に取り組み真実のものになることが子ども達に示していくことだとカグヤはこれからも正直さ実直さ、素直さ、真面目さ、真剣さを優先していくクルーであることを優先していきたい。
コメント
変化を楽しむには変化に対する自分自身の主体性が必要だと思いますが、変化とは苦しみや恐怖が伴うものだと思います。だからこそ、その苦しみや恐怖の先に在るものを良く見て信じる必要がある。また、過去の良い例から学ぶ必要があると感じます。
苦しい道を選んだ時こそ、振り返ればよいことがあり、恐怖を乗り越えた先にある景色こそ、感動するほどの美しさや有り難さがあったことを私たちは人生のどこかで必ず体験してきているはずですが、どうしてもそこに気づかず、忘れてしまっているように私自身思います。一歩一歩、その恐怖や苦しみの先に在る新しい自分や夢を実現するための自分を想像し、歩み変化し続けること。山登りもそうですが、苦しければ苦しいほど、怖ければ怖いほど、振り向いたときの景色は美しい。人生も同じなのだと思います。人生をどのように歩むかは自分次第。
だからこそ、先祖に頂いたこの命を一歩でも高く歩み、置いてきたいと思います。