行事のことを深めていると改暦のことにすぐに辿りつきます。
もともと私達日本人は、明治に入るまで太陰暦を使っていました。そこから太陽暦(グレゴリオ暦)を採用して今のような時間と月日に設定しなおしました。アジアの一部では、今でも旧暦が使われていますが日本ではその矛盾を月遅れなどというやり方で乗り切っているようですが本質的なズレは改善されているわけではありません。
例えば、本来の正月は2月15日頃でこのころが春に入るため四季の生まれ変わりの時機として一年の計を立てるのもこの時期が相応しいとしていました。他にも五月晴れは本来は梅雨の最中の晴れ間のことを言っていますから今でいう6月の中旬頃の晴れ間のことになります。他にも、お盆は7月15日頃のことをいいこの時期の月がお盆のように美しいと詠われたこともあるほどに月が冴えていたから七夕などもこの時期に行われたとのことです。
そもそもの私たちの歴は月の運行によって計算されていました。
例えば、1日をついたちと呼ぶのは「月立」から来たものですし十五夜というのは新月から満月になるまで15日かかるので十五夜というように常に月を基準に1年の運行を読んでいたようです。
月を観ては、日々を感じ、そして朝日を観ては一日のはじまりを感じて過ごしてきた民族とも言えるのです。私たちの一日のはじまりも、今では深夜0時に日付変更線によって変わると信じられてしまいましたが本来は朝日が昇る時が一日のはじまりで日が暮れるときが一日の終わりであったと自然と共に暮らしてきたのが私たちの一日でした。
今では明々とした電灯の中で、時計をみて一日を過ごし、せかせかとスピードを上げた中で行事をこなしていますが本来の行事は自然とともに季節と共に味わっていたものなのです。
新暦か旧暦かを問う前に、本来の自然と寄り添い生活してきた私たちの本来の姿が何かを見つめ直す必要がるように思います。間違いを子孫が正していくのも、先祖の方々から受け継いだ使命の一つであろうと思います。ですからこの行事の見直しは、子どもたちのためにも必須のことです。
日本人らしさとは何か、日本という国が自然から手ほどきを受けてきたものは何か。自然に取り組み、自然を取り込み、改悪された刷り込みに打ち克ち、身近な自然をもう一度、見直し実践していこうと思います。
コメント
改暦前の「天保歴(太陰太陽暦)」は和暦であり、その精度は「グレゴリオ暦」の水準に匹敵していたといいますから、やはり日本人の智慧はすごいものです。様々な事情があったとはいえ、それが宇宙や自然、季節に全く関係のない暦になってしまったことは、日本人として大事なものを失った感じがして非常に残念です。「時間」を単なる時計の針の経過とみるのではなく、大きな循環の中の無常であり、生活に密着した「季(とき)」の移り変わりであるとみる豊かさを、何としても取り戻したいものです。
コメント
以前、映画「天地明察」の主人公・安井算哲を観て、旧暦に関心を抱きその後日本の文化に興味を抱くきっかけとなり、月に導かれる何かがあったのだと感じています。季節の行事がイベントとなり、楽しむ上では今も変わりはないのかもしれません。季節の盛りよりも移り変わりのその時々を親しんでいけるよう、生活の中に季節を取り入れていきたいと思います。
コメント
世界共通の軸で生きる事も智慧ですが、自分達の民族としての時間軸を忘れてはならないのだと気付きました。世界で活躍するには、まずは、生まれた場所の民族としての誇りを持つ事が大切とは良くありますが、改めて自分達の血がどの様な生活と時間の過ごし方をしてきたのかを、調べたいと興味が湧きました。また、生活に取り込んで行きたいと思います。