執念

人間には、気力・体力・精神力があると言われます。

この気力とは、どれくらい心が強いかといった心の力であろうと思います。そして精神力はどれくらい自分らしくいるかといった魂の力、そして体力は忍耐、持続といった継続する力であろうと思います。

この3つの力を組み合わせて人間は人生というものに真っ向から挑戦し夢を実現していくように思います。どんな困難に出遭ってもそれを乗り越えて新しい自分を掴み取っていく、そして学び高めていくというのが人格形成でもあろうと思います。

具体的にこれを考えてみると、コツコツと何度でもやり、出来るまで決して諦めない執念を持っているということであろうとも思います。つまりは自分の限界という紙一重のところを超えて、新しい自分と出会い続けるという努力し忍耐し信じることを遣り切るということです。

自分のことを思い返してみると、未熟から大切なものを守りたいものが守れなかったことの出来事の中で、悔しい思いをしたり、辛い思いをしたり、悲しいを思いをして、一人正面から向き合い、避けずに逃げずに立ち向かってきたことで次第にその力も伸びたようにも思います。

負けてたまるか、逃げてたまるかと、自分自身に打ち克ちたいと練習と訓練をしていく中で少しずつそういう執念を育てていくように思うのです。

時の流れに流されないと決めたり、大好きな自分でいたいと決めたり、信じたものを守りたいと決めたり、大切なものを忘れないと決めることで諦めたくないという気持ちが湧いてくるものです。

その諦めたくないと決めた時、何をすることが具体的に諦めないことなのかを特訓することでその執念もまたついてくるように思います。

自分のことをもう一度おさらいしつつも、その力をどのように子どもたちと学んでいくかを探っていきたいと思います。新しいことへの挑戦は、常に自分自身に発見と発明の楽しさを思い出させ、何よりも偉大な夢を与えてくれます。

有難うございます。

  1. コメント

    目標が達成できなかったときの「悔しがり方」をみると、その人の成長の可能性が見えます。ものわかりが良すぎるのは、結局、妥協点が低く、諦めるタイミングが早いということです。覚悟が中途半端なのでしょう。「信念」をもって取り組み、「執念」をもってやり切らないことには、何ひとつ事は成りません。そのためには、もっともっと純粋な「感情」を大切にし、闘志に変えないといけないと感じます。聞き分けの良さに注意したいと思います。

  2. コメント

    今の自分は停滞していないだろうか、どれだけ執念を持って挑める日々を過ごしているだろうかと考えると、このままではいけないという気持ちに駆られます。どのような環境を求め自分の身を投じていくか、どのような覚悟で日々を遣り切るかを忘れないように常に心に留めておきたいと思います。

  3. コメント

    想う気持ちを行動に変え、実際にやってみる中で同じクルーの凄さや尊敬が増しています。想うだけで理想を口にすることはできますが、そうしている間はどこにも近づかないのだと感じています。ちょっとずつ、ちょっとずつ進む中で自分自身の気持ちを育てていきたいと思います。

  4. コメント

    執念も、自分の覚悟のスケールが大切だと気付きました。ただ目の前の今に対する執念か、人生かけてやると決めての今なのか。自分の為なのか、人の為なのか、天に従うのか、自分に従うのか、自分との対話の中で自分とした約束が、自分を守ってくれると感じます。そして、約束は守るともっと自分との対話が上手になると感じます。
    自分との付き合いを深めて行きたいと思います。

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