人生は長期戦であることは皆が知っていること、すぐに困難が来たと思えば次の困難がまた訪れ続けることが人生だからだ。
今回の件で言えば、最初は地震かと思えば次は津波、そして食糧難だと思えば停電が起き、物流やガソリンがダメだとなったら今度は原発の放射能と本当に色々なことがやってくる。
人生はこれと同じように、備えあれば憂いなしといってもどこまで真摯に備えても準備に足りないことはない。それだけ何も考え抜かず生きていたという証拠であるし、気づけなかったことがたくさんあることも今回学ぶことができた。
知らされないことは知らなくてもいいのではなく、知らされていないからこそ自らで調べ自らで気づく感性を養うためにも学問を大切にすべきであることを実体験から学ぶ機会になった。
また今回、何を優先するかということを悩みきったときそれは「命」を守ることだということになったことも災害で実感した気づきの一つになった。
それにこういう時だからこそ、心を澄まし平常心を醸成する善い機会であると腹をくくるということも体験した。
さらに、人々が希望を持つことの本当の意味や励まし支え合うことや人情の本質を観ることもできた。
何もない日々よりも何かがある日々こその中に真の宝がある。命さえあればやり直しができるし、命さえあればここからはじめることもできる。
今は、日本全体が試練の時を迎えているのを観ると物事をどう感じてこれからがどうするのかを考える方に準備を移しておくことも長期戦を挑むには最適であると思っている。
長期戦で最も大切なのは、自分の強い心。
自然の厳しさは私たちに強い心を与えてくださる。
それに応じるように自分との闘いを続けてそれに負けない強い心の連続が、これからの厳しい状況の中でどうあるかを求めてくるもの。その中で、大局観を持ち挑戦していくことになるのだろうとも私は思う。
安全な中に身を置くと弛緩し感性が鈍ってくるし、危険な中に身を置くと緊張で感性が鈍ってくる。いつものことを丹誠を籠めて行い、非常時こその常時の実践が生きてくるもの。
こういう時こそ日々に、当たり前のことを当たり前に凡事徹底することを行うこと。それは別に同じことをやることを言うのではない、こういう時こそどうあるべきかという心構えのままで生きるのだ。
心を澄ませゆったりと静かに決断を続け、人生や歴史を丸ごと逆算しこの今というものに真心を委ねて生きていきたい。
何が起きても、志が変わることはない。普遍的なものにあわせて、自分の心体をあの新生する希望、あの子ども達とともに明日を切り開いていきていこうと思う。
一期一会