昨年に貝磨きの体験をしてから、貝をとても身近に感じるようになりました。貝というのは、古代人の夢であったように今では感じています。古代の人たちが貝を首飾りにし、土器の模様にしたのは、きっと貝が人間社會そのものを顕していたのではないかと私には思えます。
人生はまるで貝磨きのようなもので、人間は一つの社會を集団になって形成し、その社会の中で自らの本性をお互いに磨き合いつつ豊かで平和幸福に暮らしていきます。まるで一人一人がそれぞれにいのちの塊、その魂の原石であり、その魂を出会いによって互いに輝かせては大切な思い出という物語を宇宙の記憶の中に保存していくかのようです。
一人ひとりが自らで魂を磨いてきたからこそ、私たちは発展と繁栄を繰り返してきたように思います。その中で私たちは何度も何度も繰り返し繰り返し、まるで海の押しては引く波と同じように魂を磨き続けてきました。
貝の中に観る神性とは、「めぐりとひかり、いのち」の3つではないかと感じます。
磨き方は人ぞれぞれですが、みんなで一緒に磨こうとしたことは時を超越して今でも変わらず受け継がれています。
機会をいただけること、ご縁をいただけることが何よりも有難く、人生で一緒に出会えることに感謝の心に包まれました。
最期に、「人類の夢」という詩を紹介します。
「人は誰しもが何かしらの魂の原石です。
だからこそ磨けばだれでもその人らしく光っていく。
一人で磨くのではなくみんなで磨いていけば
必ずの世の中は澄んできて美しい世界になる。
だからこそ一緒に磨こう、魂を磨いていくことは、
子どもから私たちが学び直していくこと。
子どもを人類の先生にして、私たちが学んでいくことこそ魂磨き。
一緒に磨く仕合せを感じていこう。」(藍杜静海)
何が人類の初心であるか、それを出会い御縁をいただけた方々の道しるべになれるよう精進していきたいと思います。
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貝磨きを通じて、何を磨いているのかにその場で気付く人は少ないかもしれません。しかし、あれだけ苦労し、感情と向き合い、楽しみ、無心で過ごした時間と経験は必ず残ります。そして、透明な壁を越えていく仲間を見て、または、何かのご縁で、その経験の意味をいつか知ることになるかも知れません。自分自身もまた、そうでありたいと願いますが、やはりありがたいのは共に体験出来る仲間の存在です。その意味を噛みしめたいと思います。
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「貝磨き」には、その人の人間性が現れるようです。磨き方、集中力、こだわり、楽しみ方、遊び心など、その人のいろいろな側面が見えてきます。そして、磨いた結果の輝きにも、その人らしさが見える感じがします。「人生の魂磨き」は、もっともっと長い時間をかけますが、「磨けば光る」という一方で、「磨くほど透明になる」という世界を目指したいと思っています。
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手だけ動かしていれば磨ける訳ではなく、心が磨かれないと輝かないのだと感じました。身の回りにあるもの全てが鏡写しだと思うと、なぞったものばかりが目に写ります。借り物はコーティングと同じで、表層しか繕えません。内面をもっと丁寧に磨いていきたいと思います。【●】
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先日の研修にご一緒させていただき、握手をしては歓び合ったり一心不乱に貝を磨き込んでいる先生方の様子をみて、子ども達の姿が そこに観え、子どもはもともと日々魂を磨き合っているのかもしれないと感じました。一体いつから上部を飾ろうとするようになったのか、自分一人が輝こうとするようになったのか。今、仲間と一緒にそれを取り戻そうとしていることが有難いことだと感じています。