人は自分だけのことを考えていると育つということも育てるということもわからなくなる。それでは本当の意味で成長するということにはならない、そして、いつも成長が停滞する人というのは、このその「育つ」という境地が分かっていないのである。
自分が成長するのは何のためか、それは明確に次の命のためである。
自分の成長を諦めるのは、次の命を絶つ行為であり種が保存されないことをいう。
そしてこの育とは、今を日々をこの一瞬一瞬をどう私たちが大切に生き切るかによって如何に次の命の役に立とうとするか、それが「育つ」ことの本質であり命の道の真意であろうとも思う。
命とは、自らが育つことではじめて生きるのでありはじめて活かされるのである。
他との共生とは、今を真摯に大切に生きることである。
今をいい加減にしたり、過去や未来のことばかりで思い悩んでいたらそれは成長をしていないことを意味しているのである。
そして私たちは何のために学ぶのかといえば当然自分のことのためではない。
これからの人たち、これから来ることになる次世代の者たちのために何を譲り渡すか、そのために自らの道を自らの手で切り開き続けていくのである。
育つとは、自分が育つのではなく次を育てていることを「育つ」と言うのである。
この継いでいくこと、「育」は継育なのだと私は思う。
それがいつまでも分かっていない人が増えたから刹那的な物の観方しかできないで自分を真に活かせないで自分のことばかりに苦しんでいるのである。
ちゃんと命は育つ間に、次の命を育てているということなのである。
子ども第一主義の生き方とは何か。
それは次のために自ら育つことである。
より善い社会、より善い人の在り方、より善い仕事、より善い実践、そういうものを少しでも自分たち一人一人が遺していくことが保育することであるという確信。
ここ数年で得た気づきの境地でもある。
これからも子どもたちのために自分を変えていくことで「育つ」ことでよりよい次世代へ貢献していきたいと思っています。
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『継育』今日初めて聞かせていただいた言葉です。野見山社長が、保育の本質に着想を得て表現された、オリジナルの言葉になります。またひとつ高いステップに進まれたのだなと、深く心を打たれました。
その定義も教えていただきました。『自分が育つことで、次世代を継ぐ命を育てることができる。育つことの本質は、命を譲ること。自分のために学ぶのではなく、次の者たちに引き継がせるために学び育つ。それが継育だ』と。
なんと美しい理念でしょうか。年月を重ねて、保育の理念を突き詰めて考え、実践してこられたからこその着想と、大変感動して伺いました。社長の心の美しさも反映しているかのようです。
どうか新しい保育の理念として、積極的に提起して行ってほしいと思います。いつかきっと注目されるときが来ると信じます。またひとつ、未来が楽しみになりました。
ただ、多くの人がこの理念の正しさに気づくまでには、まだまだ長い道のりが横たわっています。なぜなら、世のほとんどの人たちは『自分だけが勝ち組になって余裕のある暮らしをしたい』と望んでいるからです。
この大多数の人たちの『洗脳・思い違い』に気づかせるためには、刷り込まれない子供たちが、いかに幸せに生きていけるのか、実際に結果を見せて証明するしかありません。皆さんには、是非その道を構築してほしいと思います。
さて、もうすぐドイツ研修が始まりますね。参加される社長、スタッフの方におかれましては、きっと期待に胸を躍らせておられることでしょう。新しい時代の保育に関して、素晴らしいインスピレーションがありますように、成功お祈りしております。
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「次のために自ら育つこと」、心揺すぶられました。
自らをより善く変えること、イコール、育つことでのみ、次世代に貢献することができるという確信。つよく共感します。
自他を育むことが、「継育」であるとの卓見に接しさせていただきました。有難うございます。
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自らが次の世代、次の人の為に生きるという事は、自らが自立することが前提だと思いますが、自立するためのそのモチベーションや真意というものは、その「次の世代の為に今の自分がいる」という真理に気付くという事も同時に大事になってくるのだと思います。それは、自身に子どもが生まれたからそうなるわけではなく、結局はそれを自覚するかどうかという自分自身であると思います。それを自覚しなければ、家庭を壊し、自然な関係性を壊し、自分自身との信頼関係を壊していくことにつながるのだと思います。そういった、当たり前の真理をなぜ眼前から遠ざけようとするのか。自分に問いかけたとき、間違いかもしれませんが一つの答えが舞い降ります。他人との比較や世の中との比較であるように思います。自分と対話するのではなく、向き合わずにすむようにそれに併せた他人との比較や世の中との比較を行い、納得しようとさせるのではないかと思います。それが、何も良いことを生まないことは明白です。やはり、自分自身の心に素直に生きて行くことを大事にしていきたいと思います。
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自分自身の存在は繋がっている部分の一部であるという事を普段の生活では気づく事も感じる事も出来なくなってしまっているように感じます。結果的にすべてに対して思いやりも感謝の気持ちも持てないくらいに余裕も無くなってきているも感じます。冷静に考えれば人は生かされ、そして次に繋がる命を育てていく事も使命だと思います。自分の為に自分を活かすのではなく、周りの為に自分を活かすという事を大事にしなければと思います。
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「継」には悪い習慣を断ち切り、伝統を受け継ぐ文化、新しい文化を作っていくことが含まれていると思います。前と後ろの間を受け持っている自分たちが創るカグヤブランドは、子どもたちの未来のために必要な価値であることを日々感じています。2代目、3代目カグヤを育てていくこと、育っていくことを大事にしていきたいと思います。私自身、日々の実践を怠ることなく、コツコツ積み上げていきたいと思います。
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渡邊 和隆 さま
いつもコメントをお寄せくださり、ありがとうございます。渡邊さまのブログに直接お礼を書きたかったのですが、プロフィールの選択ができず書けませんでした。
渡邊さまのブログも、大変興味深く拝見させていただきました。特に“一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂えることなかれ。只一燈を頼むのみ。”には、渡邊さまの気概が溢れているように感じました。
場違いなのですが、お目に留まれば良いがと念じつつこちらに書いております。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。渡邊さまのご活躍、お祈りしております。ありがとうございました。拝