信なくば立たず

藩政改革の手本として今でもひときわ異彩を放っているものに『日暮硯』があります。これは真田幸弘が藩主の時代、松代藩の藩政改革を担った恩田木工民親(おんだもくたみちか)の事績を説話風に記したものです。

二宮尊徳の改革の中にも、この恩田木工の実践が参考になっているのではないかと思うところが所々にありました。理念を仁に据え、「信なくば立たず」を何よりも優先した誠実で思いやりのある政治をして松代藩とその人々の心を豊かにした人物です。

最初にこの日暮硯で印象的なのが、恩田木工が「一切の嘘をつかない」と全ての民に約束をすることです。混迷の時代、領地内の人々の心が荒廃している状況において心が荒廃するその元の理由をまずはじめに断ちます。そしてそれは単なる宣言ではなく、対話によって有言実行されていきます。最初から疑心暗鬼であった人々に対して、誠心誠意、本心から伝え、それを一つ一つ対話によって解決していきます。

対話による解決ですから長い時間をかけて、徹底して少しずつ丁寧に進めていきます。その一つ一つの信が立って大きくなっていくにつれ藩政改革は実現していきます。

どんな人にも思いやりを向け、役人たちが過去に賄賂で問題を起こしていてもその人たちを自分が引き受け、善い人間として活かせるように指導していきます。恩田木工はその際こう言います。「人というものはよき人が使えばよくなるものでござります。悪い人が使えば悪くなるものでござります。」と。まるで曲がった板の上に真っ直ぐな板を乗せればそのうち真っ直ぐになるというように、あまり曲がっているかどうかを問題視していません。名前に大工とありますがまさに「立(建)てる」ということに関して心にまで精通している方だったのではないかと私は思います。

心の荒廃は、心を直すところからはじまります。何が人々の心を荒廃するのか、政治に関わる人たちはまずそのことを理解する必要があるように思います。どんな小さな組織であってもそこには政治が発生します。だからこそ組織のリーダーは仁政がどのようなものであるかを自覚し、その実践がどのようなものであったかを歴史から学び直す必要があるように思います。

結局は今の日本の借金体制や、ギリシャをはじめ世界の財政難において、今のように心が次第に荒廃し混迷を深める政治や社会情勢の中で、再び二宮尊徳や恩田木工、上杉鷹山、といった思いやりの政治を実現する改革者が必要になってくると私は思います。歴史を学び、もう一度、これからの時代の在り方を示して発信していきたいと思います。

最後にこの恩田木工が亡くなった時に、ある藩士が日記に綴った文章を紹介して終わりたいと思います。

「恩田木工民親殿急逝。この人君子なり。上を敬い、下を恵む。仁徳ふかかりければ、一人もこの人をいただかざるものなし。刻苦勉励す。元日に倒れ、その報、一日にして全土に渡る。人々、日待などして、本復を祈る。本日ついに際まれり。誰も力を失ないて、誰言うともなく、松飾り取り入れ、歌舞音曲やむ。かつて物語で知るも、眼前かように人の慕うを見るとは・・・」と。

思いやり信を立てた生き方の先人の事績は、後世の私たちにまで余韻が香ります。感謝のままに実践を学び直していきたいと思います。

  1. コメント

    先日話をされていた郷中教育とボーイスカウトの関係を調べていたら、「あれ?これはまさか」と思う発見がありました。歴史を調べることはその時代にどういった教育が行われていたかを知ることになり、辿る面白さもあります。そこで得た知識を今の時代の適したものに変える、今すぐには出来ませんがそう言ったことをしていきたいと感じます。そして、それこそが歴史を学ぶことかもしれないと感じています。

  2. コメント

    「人というものは、よき人が使えばよくなり、悪い人が使えば悪くなる」この言葉の背景にある『信あれば立つ』という信念の強さを感じます。全ての元凶である「荒廃した心」を耕していくには、この、人間に対する「絶対的なる信」「圧倒的なる信」というものが必要です。これは「人間関係」の本質の問題です。一人ひとりと誠実で丁寧な対話を積み重ね、もっとも輝く瞬間を引き出し合うこと、そんな本物の「関係づくり」を目指したいと思います。

  3. コメント

    信じるということは、深く面白いと感じます。相手を信じているなら、心を丸ごと相手に使えますが、
    自分を気にしたり、不信や刷り込みがあると真心ではなく、欠けた心になってしまいます。言い訳なく、自分の都合なく、義務も権利もない、もっと自他が別れない生き方を歩みたいと思います。

  4. コメント

    「人というものは…」の言葉は、人だけでなく物でも機会でも全てに通じているように思えます。自分自身は頂いているものを活かしきれているか。よき人を手本として自分自身を正していく、そのことがまた人のお役に立ってくことなのだということを強く自覚して自他を信じていきたいと思います。

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